共感の再現率・適合率

「自分は共感力が高くて〜」と友人が話してくれているのを聞いて、自分は共感力共感能力がなんなのかよくわかっていないよな、ってことに気付いた。

共感力が高くて、相手が思っていないことまで感じ取っちゃうんですよ〜」みたいな話があっておもしろかった。少し認識を整理できそうだったので書いてみる。

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「相手が感じていること」があって、これとぴったり同じような「感」を自分も得られるなら、これは「共感力が高い」と言える状況に思える。

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「相手が感じていること」を部分的にしか感じられないなら、ひとつ前の例と比べると相対的に「共感力が低い」ってことになるのかな。

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「相手が感じていること」に加えて「相手が感じていないこと」も自分が感じている状況、図示すると下記のような感じ。ほんで、吹き出しの重なりを「共感」と呼ぶならば、相手が感じていないのに自分が勝手に感じている部分は、実は共感ではなさそう。勝手な感覚・勝手な感情ってことになるよな。ともに感じているわけじゃないもんね。

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他者が感じていることは正確に知ることができないので、もちろん数値で測ることはできないが、仮に計測できるとした場合、共感にも「再現率」「適合率」の概念を用いることができる。

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概念的に語られている「共感力が高い」ってのは、なんとなく「感覚・感情の再現率が高い」状況を指していそうだな、と思えてきた。いくらか適合率が低くなろうとも、再現率が高ければ「わたしはあなたの気持ちがわかりますよ」という発言につながりそうな気がする。ぼくの感覚ではそんな感じ。

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