「誰一人取り残されない」のやわらかい実装

デジタル庁のウェブサイトには「ミッション・ビジョン・バリュー」が明記されていて、ぼくはこういうのは大事だと考えるので「いいじゃん」と思っている。あとは体現していくだけ。ぼくも日本国民なので「いっしょに社会を前進させていきましょう」という気持ち。

ミッション 誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。 一人ひとりの多様な幸せを実現するデジタル社会を目指し、世界に誇れる日本の未来を創造します。 ミッション・ビジョン・バリュー|デジタル庁

この中の「誰一人取り残されない」について、シビアな反応を見かける機会は少なくない。

  • 国民全員が理解できるようなデジタル・システムなんて、つくれるわけがない
  • 国民全員が理解できるようなデジタル・システムをつくろうと思ったら、コストがかかりすぎる

このあたりは代表的な批判だろうか。ぼく個人としても「まあ、それはそうだよな」くらいのことを感じていた。

ところで、現状がどうなっているか考えてみる。たとえば区役所市役所に行くと、なにかを申請するための申請用紙が置いてあって、だいたいの場合において、ぼくは独力で正しい記入を行って申請を完了させることができない。これはデジタルなのかアナログなのかによらず、一個人が一生のうちにせいぜい数回、ものによっては一度しか触れる機会がないようなことは習熟度が上がらないから、スムーズに進行できないものがあっても仕方ないと思っている。

車検と自動車税納税証明書にまつわるメモ 2023 の通り、ぼくは車検ひとつをとってみても独力だとどうにもならない国民だと思う。

じゃあぼくが「取り残されている」かというと、そうではない。申請用紙と向き合って数秒間はフリーズしてしまうような人間でも、詳しそうな人に「あの〜、こういうことをしたいので力を貸してほしいです」と頼めば、親切に丁寧に解説してもらえて、なんとか一命トリトメーションで暮らしていける。ぼくは自分が「取り残されていない」とたしかに感じている。ありがたい。

こんなふうにして現状を捉えてみると「デジタルで完璧で国民が全員が理解できるようなシステム」を目指さなくてもよい、ってことがわかってくる。だいぶ気が楽になる。

ここでツイートふたつから引用。

なるほど。これなら実現できそうな気がしてきたし、一歩ずつでもシステムの改善を進めていけばよさそうだ。ここで言っている「システム」には、デジタルなものもアナログなものも含んでいい。自動化されたものも人間ががんばることも含んでいい。

コンピュータは事務処理がめちゃくちゃ得意なので、任せるところはコンピュータにどんどん任せて、つまりデジタル活用を推し進めて、コンピュータだと行き届かないところは人間たちで手を取り合ってがんばろう。特に日本って国はここから一気に人間が減っていく見込みなので、人間以外のパワーを活用することに躊躇している場合ではないと思う。「デジタル化」は「アナログ人間を切り捨てること」ではないし、取り入れない手はないはず。

デジタルが得意ではない人も含めて国民全員にさまざまなサービスを行き渡らせたいから、デジタル庁も国民たちもやれることからひとつずつ前に進めていくのがよさそう。前進させていきましょう。