コンテンツとしてのテレビ、デバイスとしてのテレビ

人々が「テレビ」と言うとき、

がしばしば混同されているように感じる。ので、自分が会話中に「テレビ」について言及するときは、それがコンテンツの話であれば「テレビ番組」と明示するように心がけている。

「じゅーんさんは、テレビを見ますか?」と聞かれたときの回答はなかなかに複雑だ。

…というのが詳細なのだけれど、これは質問者さんが想定する「テレビを見る」に該当するのかは、そう自明ではないだろう。だから、どういった会話の流れでその質問が飛び出してきたかによって、その都度で適当に回答しているように思う。

大豆田とわ子と三人の元夫』はおもしろかったな〜。

テレビがおもしろくなくなった」という命題についても、簡単には自分の意見を述べられない。

  • コンテンツとしてのテレビ番組は、おもしろくなくなった?
    • 昔も今も、おもしろいやつはおもしろいし、おもしろくないやつはおもしろくない
    • 自分は批評できるほどの知識を持ち合わせていない気もするので、主観で「自分は楽しめたかどうか」くらいしか述べられない
  • デバイスとしてのテレビは、おもしろくなくなった?